ひぐち りょうま(樋口龍馬)の歩み

1976年、パン屋(サントレー)の息子として生まれ11歳まで三重団地に住まう。

1983年、暁小学校に入学し毎日三重交通のバス、近鉄名古屋線を乗り継ぎ通学

1989年、学校が終わったら気軽に遊べる友達が近所に欲しい。そんな一心で引っ越し先の浜田地区にある市立港中学に進学、水泳部に所属。念願の近所の友達と楽しく過ごす。

1992年、海星高校に進学、入部当時4人だった物理部、部長になるとあれよあれよと部員が増えて30人を超える大所帯に。スケールメリットを学習した。

1995年、南山大学に進学、合気道に出会う。入部時は同好会だったこのクラブ、10名程度の部員だったが主将になるとこれもまた30名を超える部員数となり部へと昇格、組織運営とともに亡き恩師より長幼の序について学ぶ。

1999年、家業のパン屋(この当時は父が独立しコーンブルメ)に就職、結婚

2000年、2002年、2004年 長女、次女、長男が生まれる

2008年、1996年から続けていた合気道活動をNPO法人化、四日市スポーツ少年団本部員を拝命

2011年、四日市市議会議員初当選。立候補のきっかけは長女の「お父さんの作るパンは美味しいのになんで給食のパンは美味しくないの?」という素朴な疑問。学校給食事業を独立させたことで行政と深く関わることになったのがターニングポイント。

同年、全国青年のつどい三重大会(法人会青年部の全国大会)で全国から集まる青年部会長の懇親会担当委員長を務める

2013年、日本青年会議所で副委員長を拝命、全国各地で同世代の若者と研鑽を重ねトレーナーの基礎を作る(この縁があって2018年まで講演を全国で行った)

2014年、四日市青年会議所副理事長を拝命

2015年、四日市市議会議員再選、四日市市監査委員を務める。監査委員として四日市行政の深部まで知る機会となった。

2016年、スポーツ振興条例調査特別委員会委員長を拝命、議会の方向づけをし、意見をまとめ条例を制定する中で委員会の権能を深く学んだ。

同年、日本青年会議所東海地区三重ブロック協議会副会長を拝命

2017年、四日市港管理組合議会副議長に就任。一部事務組合という特殊性の中で議会改革を推進。議会について考え抜き、自分なりの議会のあり方を見出した。

2018年、産業生活常任委員会委員長を拝命。委員会から議会を変えたい、そんな思いで委員会運営に取り組む。委員各位の協力を得て委員会を活性化のため奮闘する。